胡乱な日常の真相
 
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働くということ。

最近、働くということについて考えることが多くなった。
働くとはなんだ?と電車の中で自問自答。
煙草を吸いながらまた考える。
何十年と同じ職を務め、最後に誇りを持って定年を迎えるということが素晴らしいとされてきた高度成長時代。
そこに意味を見出せなくなった現代。
僕にはどちらもわかるような気がするし、わからないような気もする。
世の中では働かずして食べていくことは不可能に近い。なにかしらの生産を行って(それが有形のものであれ、無形のものであれ)、報酬を得ながら生きていく。
ホストですら、労働。
ヒモですら、生産。
価値の創造こそが働くことの意義であり、生きることの意義である。それもわかる。
それを人生の半分ほどを費やして行ってきた団塊の世代には少なからず尊敬の念を抱く。(皮肉ではなく)
プロジェクトXなんて見ていると、感動すら感じる。(そのように構成されているのだから当然といえば当然だ)
ただ、そこにある犠牲はなんだ?と考える。
僕の会社でも、家庭をかえりみず、毎晩遅くまで残業し、泊まり、仕事漬けの人たちがいる。
そういう人たちは縛られすぎているんじゃないか、とつい思ってしまう。
もっと大切なものってなんかあるんじゃないの?と。

僕の考えでは、働くということは、あくまでも手段だ。
目的ではない。
働くことによって自己を高める、という人もいるが、それは別にはたらかなくったって自己を高める方法はごまんとある。それは言い訳に過ぎないんじゃないか、という気さえする。
そう思うと、やっぱり労働は、生きていくための(お金を稼ぐための)手段なのだ。
そう考えれば、その手段は無限にある。
もっと楽しみながらお金を稼ぐ方法はあるだろうし、もしかしたら世の中には『天職』というものがあるかもしれない。
そんなことを考えると、どうしても今のサラリーマンSEという業態(職態?)に失望してしまうのだ。
人から見れば甘い考えだろうし、親父の世代から見れば、若者の戯言だろうが、それでもそう思ってしまうのだ。

世の中は呆然とするぐらい広いが、足の踏み場がないぐらいに狭い。
そんな世の中でどう生きていくか、どう働くのか。
今自ら、無理矢理に岐路を作ってみようと思う。



4月5日(火)02:38 | コメント(2) | 仕事 | 管理

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コメント

イキルコト

働くという事は生きる事。
蟻だって働く。
蜂だって働く。

どう生きたいかによって、働くスタンスも変わってくるんだと思います。

そのスタンスを早く見つければ、働き方や職業を見つけられるのでは?


 by 匿名係長 | 4月6日(水)01:43

コメントありがとございます。

ごめんなさい、遅くなりました。
そうですねぇ。ほんとに、そのとおりだと思います。
ひとつのことを極める人、いろんなことを広く浅くやる人、金を稼ぐためだけに命をかける人、社会に貢献することを誇りとする人。
いろいろいます。
僕は会社の駒になって働くよりは、いろんなアイデアでそれを形にしていくような仕事がしてみたいなぁ、と思っています。
そのためにはやっぱり自分で会社を作るとか、そういうことが近道な気がします。
なかなかみんなそういうことはしないけど。
自分に何ができるのか、自分の力でどれほどのことができるのか、その辺を試してみたいものです。


 by もちくん | Mail | HP | 4月10日(日)22:49


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